おしまコロニーの機関誌「ゆうあい」は隔月で、御家族の方々をはじめ、全国各地の施設・関係機関、団体等に配布されております。多くの方々の寄稿文、実践活動やイベント、エピソードなどを交え、みなさまに近況をお伝えしております。

 

2016年8月号


おしまコロニー the 50-year history 1967 - 2017


来年、平成29(2017)年、「おしまコロニー」は開設50年という大きな節目の年を迎えます。この間、一貫として「生涯教育」の理念を掲げ、いかなる世代の人たちでも支援を受けることが出来る体制の構築を目指し、その歩みを重ねてきました。そこで、今年度の「ゆうあい」巻頭頁では、5回にわたってその半世紀の足跡を辿ってみたいと思います。



 

Ⅱ.創設期 生涯教育の理念を掲げて

-より地域へ、より早期に-


昭和43(1968)年1月 新生園開設

10月 明生園開設

昭和46(1971)年7月 はまなす寮開設(無認可)

昭和50(1975)年2月 母子訓練センター完成

昭和60(1985)年4月 おしま地域療育センター開設

(ゆうあい会石川診療所併設)


おしまコロニーの目指す姿

「おしま学園」が建てられた10万坪の土地は、「ゆうあいの郷」と名付けられました。そして、「おしま学園」以降、毎年のように整備されていく施設群を総称して、いつしか「おしまコロニー」と呼ばれるようになっていきます。 「おしま学園」が開設された昭和42(1967)年当時、国が先導して大規模「コロニー(心身障害児者の村)」が地方に相次いで建設されていました。それらの「コロニー」の多くは、当時の地域社会に寄る辺のなかった障がいのある方たちの「集団処遇」「終生保護」などを目的としていました。

しかし、同じ「コロニー」という呼び名でも、構想の段階から目指す方向性は全く違っていました。「おしまコロニー」開設の理念は「生涯教育」、障がいのある方たちを一生涯にわたって支えることの出来る体制の構築を目指したものでした。それはすなわち、各世代に応じた発達の場を保証し、一人ひとりの可能性を引き出し、社会自立を支援していくための総合的なシステム作りであったのです。当然のことながら、そのフィールドは、いくら10万坪とはいえ「ゆうあいの郷」の中だけでまかなえるものではありません。最初から、施設の外に目が向いていました。一方で、気高い理念ばかりが先行したわけではなく、目の前で支援を必要とする障がいのある方たちに必要なものを一つずつ用意し、根拠のある実践をしていくことを基本姿勢にしていました。この基本姿勢は創設期に培われたものであり、その後の全ての事業展開に貫かれていくことになります。

自立への道筋、施設から地域へ

児童施設である「おしま学園」に続いて、翌年の「新生園(男性)」「明生園(女性)」という成人施設の開設によって、「おしまコロニー」の目指す「ライフステージに応じた支援」の基本形が出来あがりました。ここから、「おしまコロニー」のフィールドは、施設から地域に広がっていくことになります。その広がりの一つ、「社会自立」「地域移行」への取り組みは、成人施設の職場実習から端を発したものでした。

「ゆうあいの郷」が雪に閉ざされた冬、春先まで作業場面を施設外に求めたのがきっかけでした。職場は上磯町(当時)七重浜の水産会社です。往復で約3時間、実働6時間の厳しい条件でしたが、15名の実習生の中で一人としてリタイアする人はいませんでした。その真面目な態度や姿勢が評価され、会社から数名雇用の話が持ちかけられました。有り難い話ではありましたが、「通いの問題」「施設運営上の事情」など、簡単にクリアできるものではありませんでした。しかし、最後は本人たちの意向が尊重されました。実習で自信や力をつけた彼らの中に「施設に戻りたい」という人は一人もいなかったのです。この時の判断は、その後の「おしまコロニー」の「社会自立」「地域移行」への推進を決定づけることとなります。暮らしの場所となる「はまなす寮(通勤寮)」の無認可開設、就職後のアフターフォロー、多様な地域生活スタイルの提案、施設内小舎の設置など、施設と地域の狭間で明らかになる課題をフィードバックしながら、社会自立に向けたきめの細かい支援体制が整えられていくことになるのです。

おしまコロニー就労自立体系

早期療育の流れ

施設から地域に向かうもう一つの流れは、「おしま学園」を中心とした、より早期からの地域療育を目指した取り組みです。昭和40年代の後半、児童施設「おしま学園」では入所児童の低年齢化が進み、昭和49(1974)年には三歳児の受け入れが始まりました。幼ければ幼いほど親元で育つのが望ましいことは明らかですが、当時は、障がいのある幼児や、不安や疲労を抱える家族に対する社会的サポートはあまりに不十分なものでした。さらに、障がいに起因する様々な問題へのアプローチは早ければ早いほうが良い、とそれまでの実践から気付いていました。それらを背景に母子訓練(任意事業)を始め、昭和50(1975)年には「母子訓練センター」を無認可開設しました。そこでは、親子一緒に宿泊して訓練や助言、評価を受けたり、学習会などが行われました。参加者は北海道のみならず、遠く東北地方からも集まりました。

間もなく、「おしまコロニー」の早期療育を担う三つの柱が出来ました。一つは、母子訓練。二つ目は、「おしま学園」の短期入所(定員20名/3か月サイクル)。最後は、幼児の通園施設「つくしんぼ学級」の開設です。この三つの事業を中心に、保育園や幼稚園も加わって「おしまコロニー」早期療育部門が体系化されていきました。その後、母子訓練後のアフターフォローは「巡回療育相談」にかたちを変えました。施設の枠を超えた地域療育活動は、やがて昭和60(1985)年の「おしま地域療育センター」の開設へとつながっていきます。医療機関を併設したことで乳児からの対応が可能となり、「生涯教育」を志した「おしまコロニー」にとっては、ここで一つの結実を見ることになったのです。



 

社会福祉法人侑愛会50周年記念事業プレ企画

おしまコロニー福祉セミナー2016


日 時 平成28年7月14日(木)・15日(金)

会 場 函館国際ホテル

テーマ 医療と福祉の連携について考える


会場写真

来年、平成29(2017)年、おしまコロニーは開設50年という節目の年を迎えます。その前年にあたる今年、プレ企画として「福祉と医療の連携について考える」と題した福祉セミナーを開催いたしました。


障がいのある方たちを支えていく上で、医療との連携は欠かすことが出来ません。しかし、その狭間には多くの課題があるのも事実です。障がいのある方たちの高齢化・重度化傾向が顕著になる中、医療と福祉の連携のあり方について考えました。参加者は200名を超えて会場は熱気に包まれ、テーマへの関心の高さをうかがわせました。


基調講演

「イギリス知的障がい看護の挑戦〜健康を支えるより良いケアを目指して〜」

講師 ジム・ブレア氏

イギリスを代表する知的障がい専門看護師として、障がいの有無にかかわらず平等に医療やケアを受ける権利の確立と体制整備に尽力。現在、ロンドンのグレート・オーモンド・ストリート小児病院(英国最古の小児病院)の知的障がい専門コンサルタント・ナース他要職多数。

ブレア氏は、冒頭で「どのようにしたら知的障がいのある方たちの暮らしや人生をより良くしていけるのか、がこの講演のテーマです」と語り、講演が始まりました。

最初に、重度心身障がいのあるお子さんがいる母親(イボンヌ・ニューボールド氏)が綴った手記「私が望むことができるなら」を切々と読み上げました。「これは、家族の心細い心情や不安が吐露されただけの文章ではありません。私たち医療従事者や福祉関係者が学ぶべき大事なヒントが多く隠されているのです。私は、こうした研修の機会などに、障がいのある方ご本人や、そのご家族のこうした貴重なメッセージを紹介するように努めています」と話されました。司会の高橋和俊所長(おしま地域療育センター)が講師紹介でブレア氏について「科学的な見地からだけでなく、現象の背後にあるその人自身を真摯に理解しようと努力している」と紹介していましたが、まさにその姿勢が窺えると同時に、ブレア氏の温かで謙虚な人柄が垣間見えました。

その後、障がいのある方たちの「当たり前の健康」を守るためにも必要な概念である「合理的配慮」についての話題となりました。「合理的配慮」とは障がいの「社会モデル(個人と社会の相互作用の中で障がいが発生するという考え方)」という考え方に基づいています。ブレア氏は、画一的な配慮(例:単に点字を用意しました、段差をなくしました、など)では決して十分ではなく、一人ひとりに違った個別の対応(合理的調整)という視点が大切であることを強調しました。日本においては、今年4月に施行された「障害者差別解消法」を契機に、知的障がい看護の重要性の認識に広がりが出るだろうと話されました。

次に、イギリスでの具体的な取り組み事例として、「病院パスポート」についての説明がありました。これは、自分自身のこと(既往歴、家族の情報、好き嫌い、ADL、コミュニケーション、痛みの訴え方など多数)を事前にパスポートに記載しておくことで、医療従事者(主治医、麻酔医、療法士、看護師、他)が短い診察時間では知ることの難しい重要な情報について理解を促す狙いがあるものだそうです。イギリスでは、障がいの有無にかかわらず広く利用されているそうで、こうしたツールの活用を勧めていました。

最後にブレア氏は、障がいのある方たちと関わる私たちに「アクション」と、「ネバーギブアップ」の姿勢の大切さを説き、講演を締めくくりました。

     (ゆうあい編集委員 林)

実践発表

おしまコロニーは、時々のライフステージに必要とされる一人ひとり違ったニーズに応えようと、総合的な支援体系の整備を一つの目標としています。

この実践発表では、乳幼児部門から「つくしんぼ学級(児童発達支援センター)」、成人(自閉症)部門から「ねお・はろう(障害者支援施設)」、最後に、高齢部門の「侑愛荘(障害者支援施設)」からと、対象者のライフステージが異なる三者の立場から、日頃の健康管理や医療との連携について、事例を交えた報告がされました。

「つくしんぼ学級」の高倉支援員は「児童発達支援センターにおける医療機関受診のための支援」、「ねお・はろう」の仙福課長は「強度行動障がい者への健康管理の実践」、「侑愛荘」の木村看護師は「高齢知的障がい者における医療との連携」、と三者三様のテーマで発表が行われました。

最後に、ブレア氏より講評を頂きました。「事例にありましたが、絵や写真、イラストを使った支援は理解しやすく、合理的な配慮がされていると感じました。また、医療従事者へのアプローチや連携手段もよく工夫されていると感銘を受けました。日本においても、このように創造性や柔軟性に富んだ革新的な取組みが生まれていることを、国内のみならず世界にも発信していってほしい」と今後の実践の励みとなるようなコメントを頂きました。

    (ゆうあい編集委員 中尾)

シンポジウム

「福祉と医療の狭間で」

最後のメニューはシンポジウムです。シンポジストは、志賀利一氏(独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園 事業企画局研究部部長)、野田孝子氏(北海道美唄聖華高等学校 看護科教諭)、中野伊知郎氏(おしまコロニー星が丘寮 施設長)、のお三方です。

志賀氏からは「医療と福祉の狭間で」というテーマで提言がありました。医療と福祉が一体となった取組み事例の紹介や、健康診断の重要性についての説明がありました。

野田氏からは「自閉スペクトラム症の人の健康について」というテーマで提言がありました。自閉スペクトラム症の方たちの健康管理や医療支援の現状と課題、その解消に向けての取組みが紹介されました。教諭であると同時に、看護師、自閉スペクトラム症のお子さんがいる母親としての顔も持つ氏の発言は、含蓄に富んだものでした。

最後に、中野氏から「星が丘寮の実践から考える医療と福祉の連携」というテーマで提言がありました。ケース(胃がんを発症した自閉症利用者へのチーム支援、特性への支援)を通して実感する医療との連携の重要性についての報告がされました。





誰しもが持っている「最善の医療を受ける権利」を保証するために未だ多くの課題が山積するも、様々な実践を通してそうした社会の実現へ確実に近づきつつあることに希望を感じた二日間でもありました。ありがとうございました。

(文責:ゆうあい編集委員 小谷)

top

前のページにもどる