おしまコロニーの機関誌「ゆうあい」は、毎月、御家族の方々をはじめ、全国各地の施設・関係機関、団体等に配布されております。多くの方々の寄稿文、実践活動やイベント、エピソードなどを交え、みなさまに近況をお伝えしております。

 

2014年4月号



2014年度(平成26年度)にむけて

社会福祉法人 侑 愛 会
学校法人 ゆうあい学園   理事長 大場 公孝

法人理念:「利用する方々から学び、一人一人が必要とするサポートを考え実行する」

使命(ミッション):「利用する方々とご家族が、地域で安定して豊かに暮らせるように支援する」

方向性(ビジョン):「平成30年度までに法人第3期5カ年運営計画に基づき、『重点課題(①地域生活・日中活動の充実②高齢化対策③障がいの重い方々の支援④乳幼児の支援)』や『支援の質の向上』、『人材育成』、『財務』について、具体的道筋を考え、実行する」


 

平成25年4月に障害者総合支援法が施行されました。地域社会における共生、制度の谷間のない支援を求め、障がい者の範囲に難病が加わり、重度訪問介護の対象者が知的・精神障がい者にも拡大されました。今年度予算では、行動障害も加わります。平成26年4月より、ケアホームはグループホームに一元化され、障害程度区分が支援区分となります。

来年度以降、報酬単価の見直しが想定され、財政的に厳しい状況が見込まれます。また、障害者虐待防止法が施行され、各地の施設で虐待事件が起こる中、リスクマネジメント委員会を中心に虐待防止・職員の意識調査研修を行っていく必要があります。

今年度、侑愛会・ゆうあい学園では、法人の第3期5カ年計画を実施します。

理念・使命(ミッション)・方向性(ビジョン)を示しました。

『重点課題』として、地域生活・日中活動の充実、高齢者対策、障がいの重い方々の支援、乳幼児の支援があります。

・地域生活・日中活動の充実は、検討委員会を設け、この5年間あるいはそれ以降のグループホームや日中活動の展開を法人全体で考え、優先順位をつけながら、効率的に実行していきたいと考えています。豊かな地域生活を目指します。

・高齢者対策は、どの入所施設も高齢化しており、通所施設やグループホームを利用する方々も高齢化しています。高齢化の実態把握と課題整理から始め、施設運営の方向性から施設再編へ、課題解決の取り組みをしたいと思います。

・障がいの重い方々の支援は、入所施設の再構築と入所施設からグループホームへの移行も視野に入れながら検討します。特に、自閉症の方の地域生活推進をしていきたいと考えています。

・乳幼児の支援は、27年度に地域療育センターの増築を行い、発達障がいの方々、重症心身障がいの方々の支援のため、PT・OT・STなどのスタッフの増員、セラピーの充実を考えています。また、保育園・幼稚園では、認定こども園への移行について検討していきます。

今年も、安全を基本として心豊かな活動をしていきたいと思います。ご支援をよろしくお願い致します。



 

ゆうあい五百号記念座談会

平成26年3月、ゆうあい500号を記念して座談会を開催しました。今回はその前半、ゆうあいのこれまでについて語って頂いた部分を掲載します。

出席者

法人参与

   竹下 敏雄 氏

侑ハウス副園長

   石堂 正宏 氏

明生園・まるやま荘園長

   佐直 栄一 氏

星が丘寮園長

   中野 伊知郎 氏

侑愛荘園長

   祐川 暢生 氏

ゆうあいの思い出

竹下:昭和50年の採用ですが、あの頃の「ゆうあい」は改めて読むと分量が多い上に、内容が濃いというか、重い文章が多かった。読むこと自体に集中力が必要で、文字も小さくて、B5サイズ、読後感もずっしりでした。自分たちの仕事、療育が、科学的でありたいという気持ちと、一方で何とか自分たちや、利用者の思いを伝えよう、それを表現しようとする気持ちが一行一行、行間にページからもあふれんばかり、圧倒的なボリュームで迫ってくる印象だった。自分の原稿のことは、今読み返すと赤面の至りでよくこれを載せてくれたと、編集者の度量の広さを思います。しかしそれも最初のうちだけで、課長職になってからは、やっぱり往生したというか、内容がダメだったと言うこともあるのでしょうが、チェックが厳しかった。何度も突き返され、挙げ句の果てにはボツになって、申し訳ないやら、恥ずかしいやら、悔しい思いをしたことが何度かある。僕の文章は、言語不明瞭、意味不明と今でも言われますが、そうやって鍛えられたおかげで、ちょっとはよくなったかと思います。

石堂:30年くらい前に、「ゆうあい」にコラム欄を作ろうという話があって、当時の編集の責任者だった山川さんが、名付けて「風声波声」という名のコラムができました。今は「紙ふうせん」という名に変わりましたが、そのスタイルは変わりません。それまでの「ゆうあい」の記事は、指定されたテーマに沿って原稿を書くというのが基本でしたが、コラムについては、テーマも何もない。執筆者がテーマも内容も決めて自分で書きたいことを書く。自分の思いを800字程度の短文で伝えるには、読む側のイメージが字数を超えて膨らむものでなければならないし、短い文章にしっかり「起承転結」をつけなければいけない。今はそうした経験が勉強になったと思っています。

佐直:コラムは大変でした。先輩職員に聞いたことがあるんですが、北海道新聞のコラムを読めと言われました。▼マークが使われていて、これがプロの書き方なんだなと。あとは、重い文章が多かった、思想、理念、考え方とか、まだ当時は障がい者福祉は発展途上にあったので、かなり思い入れの深さというものがあった。それと「試論」、あれは、結構読んだなと言う記憶があります。

祐川:私は「ゆうあい」の読者になってから、8年程度、縁あって侑愛会で働くようになって、まず、思ったのは、よくこれだけ出し続けているなと思いました。それは「継続は力」じゃないけれど、これだけ出し続ける労力というのは、作ったことのある人ならわかると思うんですね。それからコラム、個性がでるというか、その人の人となりがかいま見られる様な文章というのはすごく面白いし、法人の機関誌で筆者に個性を出して文章を掲載できる場を提供しているとこってそんなに多くは無いんじゃないかと思うんです。自分で書かせていただいたコラムと特集がありますが、特集では委員会活動を書いたのですが、何年か経って活動を振り返ると、あらためて現在の立ち位置を自分なりに確かめられて自分のためにもなったと思います。コラムは難しいです。本当に。短い文章でピシッと締めるって言うか、そういう文章を書きたいと思います。

中野:私が侑愛会にお世話になったのが、平成5年なので、21年くらいたちます。最初の原稿は「編集後記」だったと思います。ただそのときに、上司や先輩に見ていただいたと思うのですが、季節感がないということや、さらに読者を引きつける「掴み」も入れた方がよいなどと言われ、何度も書き直したことを思い出します。短い文章だからこそ読む人の立場にたって書くということを教えてもらった最初の記事を書いた思い出です。

思い出に残る記事

竹下:僕は、どれが一番とは言いがたいですが、シリーズもので平成6年の「アメリカ支局」、鈴木伸吾さんからの一月一度のメール便ですね。あれはもう、丸々1年、帰国してからさらに1年、2年もシリーズが続きました。書く方も良く書いたなと思いますが、文章も上手ですし、内容も良いと思うんですが、仲間に留学生がいるかと思うと、ちょっと誇らしいような気分になったりして、良く覚えています。あとは「ケーススタディ」という特集もあったと思うんですが、福祉門外漢の自分には勉強になったと思っています。1回ものの記事では、草創期、昭和40年代発行の「体育館がほしい。心から」というのが一面トップに現場の保母さんの記事で出ているんですが、こんなに素直で、強くて優しい説得力のある文章ってあるんだなと思いました。

石堂:具体的に思い出に残る記事ということではないですが、前理事長との思い出があります。年末11月後半くらいになると新年1月号の「ゆうあい」に載せる「年頭所感」が話題になることが多かったです。「来年のキーワードは何だ?」と聞かれるんですよ。

竹下:それは、「どう考えるんだ、おまえは」みたいなことだね。

石堂:そうそう。キーワードは、来年にむけてどういうメッセージを含んでいるのか、そうした話をすごくした記憶がありますよね。例えばそれは、成人分野で「地域生活」っていうキーワードが出てくると、今のおしまコロニーにとって「地域生活」はどのくらいまで進んでいるのか、あるいはどこが足りないのか、当然、足りない部分はこういった形で作っていこうという話になるんですね。「ゆうあい」の年頭所感を書かれることを契機として、おしまコロニーのイメージ作りをされていた姿が蘇ってきますね。

竹下:やっぱり、現場の声を聞くということだね。

佐直:見直してみたんですけども昭和56年の2月号、「ゆうあい」の102号ですね。「マッコの青春」という特集、インパクトがありました。なんか今までの「ゆうあい」と違う切り口というか、ほんとに書き手の視点、自分の言葉で書いていて、すごい読みやすかったという印象がありました。もう一つが「品性高き未婚の女性達」、妙に記憶に残ってるんですよ。

竹下:玄人好みだね。

佐直:こういうのも「ゆうあい」に載るのかと正直思いました。

石堂:今だったらどうかなあ。

佐直:いろいろ評価はあると思いますが、当時の「指導」「訓練」だとかが中心の記事が多かった中で異色でした。あと、今も続いている新任職員の紹介ですね。あれは時々読み返して、この職員は何年経ったのかなぁとか、この職員が新任の頃こうだったよなぁというのがあって、よく見ますね。シリーズでは、「指導余話」が印象にすごく残っています。中々他の施設の中身は見えないというか、それがあまり固くならずに、利用者にこういう関わりをしていて、こういう状況だとか、あれは結構おもしろく勉強になりました。

祐川:それだけ個性を出して良い紙面だったということで・・・。私の短い読者経験の内でも、一番印象に残っている記事は何かと言われれば、侑愛荘の課長だった砂土居清さんが書いたコラムです。今でも切り取って時々読み返しますけれども、病気で一回休職をして、復職後、「紙ふうせん」に書かれた文章なんですね。病気になってすごく価値観が変わったということと、そのときの自分の思いと今の高齢期の利用者の思いを重ねた文章です。実は、今日も朝礼で職員にこれ、全部読んできたんですけど、ほんとに何度読んでも心にしみる、時々原点を忘れそうな時に読み返す文章です。支援する側の声のトーンとかぬくもりとか表情とか、一つで伝わるものがあるんだということを語ってくれて、現役課長のころはあまり、理念的なことを語る人ではなかった。ある意味、実務家だったけれど、ほんとにこういうことを深く考えて、病気したあとは、正直言って仕事はほとんど出来なかったと思うんですが、病気をかかえながら彼が職場の椅子に座っているということの価値をひしひしと感じていたところもあって、その彼が書いた文章を私は一番、大切にしている文章なんですね。これからも時々職員と一緒に読み直して行きたい文章だなと思うし、経験の重さに裏打ちされた支援のあり方についてのヒントって言うかそういうものを与えられたとおもっているのですね。

中野:私が入った平成5年頃というのは、おしまコロニーもTEACCHプログラムの療育方法ということを全面に出していった時期でもあると思います。そういう時期に重なっているということもあるんだと思うのですが、TEACCHプログラムの紹介の記事が特集として組まれていることが多くありました。特にノースカロライナの研修報告のような形で出ていたものがすごく、記憶に残っています。自閉症支援の本を紹介されて読んではいましたが、それとは別にリアリティのある部分を感じ取ったのが「ゆうあい」の記事でした。それがつくしんぼ学級や、第二おしま学園の実践だったり、自閉症支援のベース、礎になっているのだと思います。そういう意味では単に「ゆうあい」が機関紙ということではなく、自分達のバイブルでもあり、自分たちの実践を紹介することだけではない深いところの療育の視点であったり、方法というものをまとめられていたんだと感じます。星が丘寮の開設にあたってということで、前理事長が書かれていますが、そのなかで、「療育センターを作り、つくしんぼ学級ができ、おしま学園があり、第二おしま学園に繋がってきた。星が丘寮については、その総仕上げ部分としての役割を持つんだ」ということをおっしゃっています。重い責任が星が丘寮にはあることを改めて感じます。また、単に総仕上げの部分じゃなくして、その実践を前期の療育の部分を検証し改善する役割も、フィードバックする役割もあるということを成人期の支援の中にはあるのだということが書かれています。もう一点しめくくりに書かれているのが「彼らの生活を地域に開く基地になるであろう」という思いを書かれています。ですから最初に創り上げた方々の「思い」を知る意味でも「ゆうあい」の記事は、今回500号という歴史を積み重ねてきたことの意義があるのだと思います。その思いにどれだけ応えているのか、ということを考えると、まだまだ自分たちがやらなくてはならないことがあるのだということを改めて感じています。

     (次号へ続く 文責 大場)

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